ニューヨーク出張
2003.1.18〜2003.1.26 まで、New Yorkで行われたLinuxWorld Conference&EXPO に出張で行ってきました。
と言っても、会社からのご褒美的な位置づけらしい・・・。
- 2003/1/18(土) NYへ (写真)
- 朝の5時に起きてまずは横浜へ。7時横浜初のエアポートリムジンを予約してある。
前日からばたばたしていて、準備はかなりいい加減。出発直前に靴を忘れていたことに気づき、トランクに入れる。
駅まで歩く途中で、トランクの蓋がちゃんとしまっていないことに気が付く。どうも、閉め方の問題ではなく、トランクがいかれているらしい・・・。
予定の電車に乗り遅れたものの、なぜか6時45分のバスに乗車を勧められ、そのまま乗る。
しかし、バスに乗るところでトランクを預けるときに、手荷物の鞄を出そうとしてトランクをあけたあと、閉め方が悪かったらしくばたんと開いてしまう(大恥)
成田に着くと、時間は8時。集合時間は8時50分なので、だいぶ早い。ほどなく斉藤さんが到着。
お互いに顔を知らないので最初はわからなかったのだが、斉藤さんのトランクに会社の名刺が付いていたので気が付く。
銀行に行って円をドルに両替。出張の仮払い金は13万あったのだが、斉藤さんが300ドルしか両替していないと言うので私も5万円分だけ両替する。414ドルになった。
全員揃ったところで旅行会社の受付をすませ、搭乗券をもらう。ANAのエコノミーのところにならんでチェックイン。そのあと1時間ほど時間があったのでお茶にする。
他の3人はお茶だけ。私はモーニングセットにする。うちを出るときに朝ご飯食べてるんだけどね(汗)
飛行機は11時出航。ここから12時間のフライト。エコノミーの席は非常にせまくて、かなり苦痛な12時間だった。機内食は、昼食と朝食が出た。モーニングセットを頼んだ私は無駄になった形だけど、機内食はかなりまずかったのでよしとする。
18日の11時に日本を出た飛行機は、夜の部分を通って再び同じ太陽と出会い、ニューヨークに付くとそこは18日の朝9時。最近の飛行機はタイムマシンなのか!?
どきどきしながら入国審査。しかし、私の担当のおばちゃんは一言も発しなかった。他の人も似たようなものだったらしいけど、中国人らしき男の人と、日本人らしき女の人は書き直しを命じられていた。
トランクを受け取って外に出ると、SRAアメリカの野田さんが出迎えに来てくれていた。インド人の運転手さんのタクシー2台に分乗し、ホテルへ。
私のタクシーには野田さんが乗らなかったので、運転手さんとの会話に苦労する。最初、「うぉーちゃー?」と言うので、なんのことだかわからなくて苦労する。やがて、請求書?だかなんだかを書かされる。言葉がいまいち通じないので、何度も書き直しをする(笑)。後で野田さんに聞いたら、「ばうちゃー」だそうだ。ばうちゃーと聞いてもわからないことは一緒なのだけれど・・・。
ホテルに着くと、11時頃だったのでまだチェックインできないとかでちょっとだけ待つ。すぐに4人分の部屋を用意してくれ、無事にチェックイン。
今後の予定を野田さんから説明を受け、野田さんはそこで帰る。もともとの予定はほとんど自由時間がなかったのだが、かなり変更になって自由時間だらけになったもよう。
とりあえず、今日はこれでフリー。一度部屋に荷物を置いた後、昼飯でも食べに行くことにする。
先ほど書き忘れたが、本日のニューヨークの気温は-12℃。道に雪はないが、激しく寒い。
男4人でうろうろと歩き回った末、ファーストフードのステーキ屋(?)に入って昼食。
私は、1/2ポンドのチョップステーキ(とガーリックトーストとベークドポテトとサラダ)とやらを注文する。お店のお兄さんは、かなり不機嫌(なんで不機嫌なのかは謎)。メニューは、セットになっていて、番号で注文する。私は5番。
セットとは別に、会計のところでドリンクを聞かれるので、米井さんの注文をパクって「S sized diet coke」とか頼む。Sサイズでも日本のMサイズ並。ステーキの方もかなりでかい。
あと、サラダのドレッシングと、サラダにトマトがいるかどうか聞かれる。トマト嫌いな人がよっぽど多いのか、はたまたトマトは別料金なのか?
量が多かったので、サラダを少し残す。そこで、みんなと別れて、さきほど歩いているときに見かけたインターネットカフェへ。
ホテルの南にある「easyInternetCafe」ってところで、入り口を入ると自動販売機がある。これでチケットを買うタイプらしい。
しばらく自販機の前でうろうろするが、「Coin only」とか書いてある。しかし、コインは先ほどのお昼のお釣りだけしか持ってない。両替機も見つからないし、店員さんも見つからない(汗)
しばらく見ていると、おばあさんが自販機にお札を入れている。良く見ると、「Coin only」なのは自販機のうちの1台だけだった。
そこで、自販機の前に行ってボタンを押し、1ドル札を入れる。べ〜っと吐き出される札。かなりパニくって逃げ出したくなるが、落ち着いてお札を裏返して入れる。今度は、ちゃんと認識された。
すると、番号がかかれたチケットが出てくる。これを持って空いている席を探す。
結構大きなところで、ほとんどの机はうまっているか起動していないか・・・。
やがて、ログイン画面(と言ってもブラウザの画面なんだけど)が出ているらしき1台に座り、ログインを選び、チケットの番号を入力する。
すると、パスワードの設定画面になり、パスワードを入れるといよいよログイン。1ドルで1時間使えるらしい。
さっそくhotmail に接続してログインしてみると、日本語パッケージをダウンロードしてくれる。これで、アメリカなのに日本語が表示される。この辺は、Microsoftさまさまだ。
ローマ字で日本にメールを書き、調子に乗ってGlobalIMEもダウンロードしてみようかと思うが、サイズがでかかったのと、怒られたら嫌なので途中でやめる(泣)。
帰り道にドラッグストアにより、水とお菓子を買ってみる。水は500ccで99¢、お菓子も99¢のものを(笑)。
やっぱり14時間の時差と言うのはなかなか来るものがあるので、ホテルでちょっと仮眠を取ることにする。
と言いつつ、起きたのは8時頃。結局、そのままシャワーを浴びて寝てしまった。
夜中の2時頃に目が覚めたので、日本に国際電話をかけたりする。日本は夕方だ。
- 2003/1/19(日) NY観光!? (写真)
- 今日の予定は、観光バスでのNY観光。昨日早い時間から寝ていたので、夜中何度も起きてしまい、結局朝の6時ころから起きてテレビを見たりしていた。
まずは、朝の9時に斉藤さんの部屋に集合して、朝食を取りに外へ。極寒の中を歩いて、とあるレストランへ。
私は、アメリカンオムレツ。池さんはウェスタンオムレツ、米井さんはスパニッシュオムレツ、斉藤さんはベーコンエッグ(だったかな?)
とてつもなくでかいさらに、とてつもなくでかいオムレツとジャガイモ。さらにパン。アメリカンはチーズオムレツで、ウェスタンはいろいろ(?)入ったオムレツ。スパニッシュはデミグラスソースっぽいものが入っていた。
これまた食べきれずにポテトとパン(私はベーグル)を残す。
一度ホテルに帰って、ちょっと時間調整。
部屋に戻ると、電話のメッセージランプが光っている。メッセージは60番と書いてあるので、60番を回すと、英語でなにやら聞いてくる。メッセージランプがついてるんだけど、と言うと、電話代の精算があるからレセプション(フロント)に来いという。この人は、私が英語が不如意だとわかったらしく、丁寧に説明してくれた上、最後に「Do you understand?」と何度も聞いてくれた(笑)
フロントに行くと、東洋人系のお姉さん(でも英語)に、部屋番号とメッセージのことを告げると、クレジットカードをよこせと言う。カードを渡すと、サインしろと言うのでサインする。サインしたあとで、通話料がいくらになったのか見ようと思って伝票を見ていると、もう良いからよこせ、と言うので渡してしまう。
すると、カードの控えももらえなくて、用は済んだと追い返されてしまった。結局、いくらだかわからない気弱な私・・・(泣)
その後、バスツアーの集合場所であるヒルトンホテルへ移動。集合場所がわからずにちょっとうろうろする。時間になって、日本人のガイドさんに連れられてバスへ。
バスに乗ると、観光とは言ってもガイドさんの説明だけで全然止まらずにチャイナタウンへ。そこで、昼食・・・。
先ほど腹いっぱい食べた後なので、全然食べられない。私達のテーブルは、私達4人と、サラリーマン風の男の人二人と、女の子一人。話を聞いてみると、マイアミにホームステイしての帰りにNY観光だと言う。会社をやめてのホームステイだそうで、米井さんと同じ年だった。
食事が終わると、あまりの寒さにチャイナタウンでマフラーを購入。$5。
その後、バスはバッテリーパークへ。ここで、自由の女神の島に渡る船に乗る予定だったのだが、あまりに混んでいるので自由の女神には行かない船に乗る。ツアー参加者のうち、1家族だけが自由の女神に行きたいと言い張ったので、ガイドさんはそっちに。残りの参加者は、そこから先は自己責任と言うことになった。
船に乗ると、ハドソン川をちょっとだけさかのぼってグラウンド・ゼロ(世界貿易センタービルがあったところ)の方角(笑)を見て、続いて自由の女神の前へ。そして、ブルックリン・ブリッジの下まで行って戻る。
船は非常に寒くて、骨まで凍る(ちなみに、朝の天気予報でも同じことを言っていたので、こう言う表現は世界中にあるんだろう)。船を降りたら、地下鉄で移動する予定だったのだが、バッテリーパークからの地下鉄は現在休業中。
歩くことを余儀なくされたので、手袋も購入。これも$5。この辺の売り子(黒人のお兄さん)さんは、結構日本語を話す。決まった単語だけで会話はできないのかもしれないけど。
歩いてトリニティー・チャーチ、NY証券取引所、グラウンド・ゼロを見学。市庁舎の横のスターバックスに入る。
私は、カフェ・ラッテを注文したつもりなんだけど、カプチーノが出てくる。自分の発音にまたまた落ち込む・・・。
エンパイア・ステートビルを見たいと言うので、地下鉄で移動することにする。ブロードウェイ線にキャナル・ストリートから乗ろうとするが、入り口が閉まっていて入れない。そのまま歩いて、プリンス・ストリートの駅に入る。すると、改札のところにダウンタウンと書いてあるので、一度外に出て道の反対側から駅に入りなおす。NYの地下鉄は右側通行なのだった。
こちらの駅は結構混雑していて、窓口に並んでトークン(切符の役目のコイン)を買う
電車に乗ると、運良く座れたが、なかなかの混雑。34th st.で降りて、すぐ東のエンパイアステートビルを見る。最初、駅から地上に出てから、ビルがどっちにあるかわからなくてちょっと迷う。私の勘は外れて、池さんの勘で正解。方向音痴になったかしらん・・・。
後は、ひたすら歩いてホテルに戻る。普段運動しなれていないので、極寒の中の歩きは非常に体力を使うのであった。
体力を使うのはカメラの電池も同じようで、寒さのせいですぐに使えなくなってしまう。ふところにカメラを入れて、だましだまし使っていたが、なかなか思うように写真が取れなかった。
今日もこのまま就寝・・・。
- 2003/1/20(月) NBA観戦 (写真)
- 朝8時に起きて、ドラッグストアへ。昨日の夜から頭痛が直らない。苦労してExcedrinを買う。EXTRA STRENGTHとか言う強そうな奴だ。普通の奴もあったのだが、これが一番量が少なかった。アスピリンって奴にも興味があったんだけど、なんとなくやめておいた。
その後インターネットカフェに行き、メールを書く。最初、ログインできなくて焦る。昨日のチケットはもう使えないのか?
落ち着いてみると、どうも、キーボードがいかれててaとjが入りにくいらしい。一昨日座った台はマウスがおかしかったしなあ・・・。ちなみに、すいている時間は1時間$0.5みたい。
その後、マクドナルドで朝食。値段も量も日本と変わらない感じ。やはり、オーダーでかなり苦労する。かなり腰を落ち着けてくらしてみないと、英語は聞き取れるようにならないかも・・・(汗)
今日は、午後からNBA観戦なので、午前中にメトロポリタン美術館に行こうと思う。
42St.で8番街線(C)に乗って、86St.で降りて、セントラル・パークを歩いて行こうとか計画を立てる。帰りは、そのまま8番街線に乗って34St.で降りれば良いや、とまで考えたところで、今日が月曜日であることに気が付く。
ガイドブックを確認すると、メトロポリタン美術館は月曜日がお休み・・・。
部屋に帰ると、お掃除中。結構私は、エキセドリンのビンの蓋が開かなくて苦心する。結局掃除をしていたお姉さんに、あけてもらう(汗)。
おとなしくエキセドリンを飲んで昼まで寝る。
かなり体調も復活したところで、みんなと合流してペンシルバニア・ホテルへ行く。ここで、SRAヨーロッパから来たと言う川口さんと待ち合わせ。しかし、予定の時間まで30分ほどあるので、スターバックスに行くことにする。
2軒回って見ても満席なので、メイシーズと言うデパートを覗く。主に衣料品ばっかりで、特に買うものもない・・・。コートが$50くらいである(私が欲しいカシミヤの奴は$100以上したけど)のに、普通のシャツが$120のものまであって、ブランドってやっぱりわからないな、とか思う。
待ち合わせの時間が来たのでホテルに行き、川口さんと合流。
今日の会場のマディソン・スクエア・ガーデンへ。入り口でボディチェックがあるところがアメリカ?
チケットにある指定席について、試合開始まで20分ほど待つ。
ここがホームスタジアムであるニューヨークニックス(ニッカーボッカーズの愛称なんだって)の選手は、一人一人ライブカメラが追いかけながら、経歴を紹介。これに対して、対戦相手のマイアミヒートはテキストだけで2ページの紹介・・・。
時間が来て、各チームの選手入場(と言っても、ずっと前から選手達はコートに出て体をほぐしている)。
まずは、ヒートの選手の入場は、「マイアミ〜ヒート〜」でまばらな拍手。次にニックスの方は一度会場が真っ暗になり、イメージビデオ?のようなものが流れた後に、派手に登場。会場は割れんばかりの拍手。これはヒートにとってはやりにくいな〜と思う。
米井君の解説によると、試合は12分間のperiodを4回。
最初のperiodはニックスが大幅にリード。しかし、次のperiodでヒートが逆転。periodの終了時には会場からブーイングの嵐。
第3periodは、点を取ったり取られたりで非常に面白い展開。会場も燃えてきて、ニックスが得点すると大歓声、ヒートが得点するとブーイング(汗)。面白かったのは、私達の前の席の子供がヒートのファンだったらしく、一人周りと違う反応をしていた。
第3periodは僅差でニックスのリード。第4periodでも何度か追いつくものの、結局試合はニックスの勝ちとなった。
NBAの試合は、なにしろタイムが多くって、最後の残り12秒とかでもタイムが入る。5点以上差があって、12秒で逆転はしないべさ〜。
タイムの間には、子供が踊ったり、ミニゲームがあったり、客席番号で何か当たったりする。この辺まで含んだショービジネスなんでしょうね〜。
試合が終わると、ホテルに帰る。夕方になって野田さんが迎えに来て、ディナーへ。
南部料理の店とやらに連れて行ってもらう。メニューを見ても、なんのことやらわからないので、結構な時間をかけながら適当に頼む。appetizerは一人一つ、アントレはみんなで3皿頼む。
私が頼んだのは、sticky chiken。これが、鳥のフライに柑橘系のソースで、結構甘かった。みんなの皿をお互いに試食するが、結構不評だった(泣)
メインの皿は、ジャンバラヤや、シュリンプのなんとか(笑)や、なんとかリブ(笑)。これが、結構な量で、結局少しずつ残す。
お皿を下げてもらった後で、コーヒーとデザートを頼む。デザートも3皿。パンのプディングと、ムースケーキと、ライムパイ。これまた結構な量で、苦労して平らげる(笑)。
食事中は、主に会社の偉い人の話題で盛り上がったよう。若いもの二人はちょっとわからなかったりする。
今後の相談などしてから、ホテルに帰って解散。
明日からは、いよいよメインのカンファレンスです。
- 2003/1/21(火) LinuxWorld Conference (写真)
- 今日からカンファレンス。8時半にペンシルバニア駅で川口さんと待ち合わせをして、会場へ。34St.をひたすら西へ歩く。
歩いても歩いてもそれらしい会場がなくて、不安になる。突き当たりの川が見えてきて、本当に良いのか〜!と思っていると、低くなったところにガラス張りの会場が見えた。
入り口を入ると、カードホルダをもらう。私たちは、プラチナらしい。その後別のところでカンファレンスの資料をもらうと、ちゃんと予約が取ってあるらしく、午前中はTA、午後はTGの資料をもらう。
TAはセキュリティの基本で、TGはその続きらしい。すでに始まっているTAの会場に入ると、えんえん英語で講義。もらっている資料に項目が書いてあって、それをプロジェクタで写しながら、ほとんど同じ内容をしゃべる。
基本的なことなので、書いてある内容はだいたいわかる。で、書いてない内容をしゃべっているのだが、私の英語力ではしゃべっている内容がわからない・・・。
途中で一度だけ休憩をはさんで、12時過ぎまで延々続く。隣の会場では12時に終わったらしく、拍手が起こっていたが、私達の会場は講師が時間配分ができないらしく、前半はやたらゆっくりと進んで、後半は早くなり、時間をオーバーしても講師は言い訳もしないでひたすらはしょって進めたうえ、何人か会場を出たところでなんとも尻切れトンボに終わったので、拍手はわかなかった。
この調子でカンファレンスを聞いてもしょうがないので、午後は川口さんを置いて会場を出る。マクドナルドで朝食を取って、ホテルに戻る。
ホテルで荷物を置いた後、飛行機のリコンファームの電話をする。なんと、日本語で通じたらしい。
それから地下鉄に乗って、81St.に行く。自然史博物館に入ると、ボディチェック。そのまま、チケットを買わずに奥に進み、無計画に展示物を見る。
展示物の中では、南米のアステカ、マヤ文明のものがやけに心に残った。人型の土器みたいなものが多かったんだけど、不気味で、ユーモラスで、一人だったらずっとここにいたかも知れない。
おっそろしくでかい会場に、順路もなくいろいろなものが展示されている。いったり戻ったりしながら、全体の1/4くらい(もっと少ないかも)を見たところで、疲れ果てて外へ出ようとすると、係員の人に呼び止められ、チケットを見せろといわれる。
今から買うと言って係員に言われた方に向かうと出口だったのでそのまま外に出てしまう。悪い日本人だ(笑)
そこでみんなと別れて、私はセントラルパークへ。面積はでかいんだけど、東西は大して広くないし、中にも道路が通っていたりするので、都会の喧騒から完全に逃れると言うわけにはいかない。冬枯れの物悲しい景色で、ちょっと求めていたものとは違ったけど、それでも町の中よりはましだ。そうそう、リスがうようよいたりする。
公園を抜けると、もともとの目的だったメトロポリタン美術館に出る。後ろから見ると屋根がガラス張りで、自然光を入れているのかな?
正面に回ると、でかい石造りの建物だ。これも、1日ではとても回れないと聞いているので、疲れていたのでここで引き返す。
また公園を抜けて地下鉄に乗り、日課になっているコンビニとインターネットカフェによる。インターネットカフェは、非常に混んでいて、あいている台を探すのが大変だったが、今日はキーボードもマウスもまともだった。
- 2003/1/22(水) GNUのTシャツ (写真)
- 今日もカンファレンス。8時にホテルを出て、会場のそばのマックで朝食。今日は、オーダーもスムーズに通じて、さらに小銭で会計を済ませることができて満足。コーヒーも飲めたし。
会場で、9時にSRAの白石さんと待ち合わせをしたいたのだが、会えずにうろうろする。
結局、10時になってやっと会うことができ、一緒にイベントホールのキーノートスピーチを聞く。
AMDの偉い人の話だったんだけど、終始AMDの64bitプロセッサの話で、どこがLinuxやねんって感じ。
その後EXPOを見る。広い会場にちっちゃいブースがいっぱいあるんだけど、ほとんどは人が一人ずついるだけで、英語で質問できないとなんの意味もない感じ。
うろうろしていたら、FSFのブースを見つける。寄付金を入れる大きなビンがあったので、私も$1を入れる。
その後、コーヒーを買って一休みしていたら、TurboLinuxのCTOの市村さんに紹介される。SRAから出向している人で、斉藤さんの知り合いだった。
今夜の夕食を一緒にしようと言うことになって別れる。私たちは、午後のキーノートスピーチを聞きに再びイベントホールへ。
午後は、RedHatの偉い人の話。午前中に聞いた話よりは面白かったような気がする(なにしろ、英語がわからないので、雰囲気だけ・・・)けど、いまいち抽象的な話で物足りない感じ。
再びEXPO会場に戻って、FSFのブースへ。GNUのTシャツを買う。$20。ちょっと高かったけど、これも寄付だと思う。表がGNU is not UNIX の絵で、裏がGPL2(笑)。
その後、カンファレンスを聞きに行く。私が選んだのは、Linux Applicationのパフォーマンスチューニングの話。
てっきり、既存のアプリケーションを早く動かす話だと思い込んでいたら、自分の書いたプログラムを早くする話らしい。
演者はIntelの人で、カンファレンスの内容もIntelのVTuneと言う製品の宣伝と言うかデモに終始していた。
このツールが、次のバージョンからLinux native版が出ると言うので宣伝していたのだが、コマンドラインオンリーでかなり時代遅れっぽいイメージ。Windows版はGUI版らしいのだが、LinuxでGUIってそんなに難しいかな?
やたら質問が多くて、そう言う意味では成功していたのかも知れないが、いかんせん英語が不自由なので、良い質問なのかどうかわからなかった(泣)
カンファレンスが終わるとホテルに戻ることに。私は昨日くらいから左足のアキレス腱がかなり痛くなっていて、斉藤さんも足が痛いらしかったので、バスに挑戦することにする。
ガイドブックによると、バスは$1.5だけど、硬貨のみ利用可だそうで、仲間内で両替しあって小銭をそろえる。
42St.のバスが来たので、乗ろうとすると前に並んでいた人がどんどん降りてくる。見ると、紙幣しか持ってないので乗れなかったらしい。
バスに乗ると、NYの夕方の道路は大渋滞。それでも、歩くよりは早く目的地に接近する。バスは、降り場の案内などまったくなくて、降りたいときは窓の横にあるベルト?を押す。
良くわからなかったので、9Ave.を過ぎたところでベルトを押すと、8Ave.の交差点の少し前で降ろされた。
インターネットカフェによってメールを書き、ホテルに戻って休憩。
6時になって、市村さんに迎えに来てもらってオイスターズバーへ。どでかい駅の中にある有名な店らしい。
テーブルにつくと、まずはビールを注文。メニューを見ると、牡蠣が産地毎にたくさんある。個数を言って適当に見繕ってもらう。一人4個(笑)
牡蠣を平らげると、次はクラムチャウダーとかサラダとかスモークサーモンとかエビフライを注文。日本のエビフライみたいにパン粉ではなかった。
最後に、ロブスターとアイスクリームを注文。ロブスターは、サイズを聞かれるので、「これくらい」と手で示すと、生簀から持ってきてくれる。
5ポンド、と言うので、4ポンドのにしてもらう。(ちなみに、値段は時価だけど、1ポンド$25くらいって書いてある・・・。5ポンドだと$125・・・)
会計は、一人$10ずつ出して後は市村さんがもってくれた。
トイレに行こうと思って、何人かの店員さんに聞きながらトイレに行く。(広い店内で、食事していたエリアから、ウェイティングバーを抜けて、本物のバーを抜けて行かなくてはならなかった)。
用を足して手を洗おうとすると、そこにいた人が水を出してくれ、さらに石鹸を出してくれ、さらにペーパータオルをくれた。感動して店を出ると、みんなからチップは?と聞かれた。そっか、あそこはチップを渡すシチュエーションだったのかしらん(汗)。
- 2003/1/23(木) 吉野屋の Beef Bowl
- カンファレンス最終日(明日もカンファレンスはやってるけど、私達のスケジュールは今日まで)。朝食はバーガーキング。
不機嫌な(NYの食べ物屋の店員さんはだいたい不機嫌だ。スマイルは0円ではないらしい)黒人のお兄さんに注文するが、注文と違うものが出てくる。違うよ〜と言うが、追い返されてしまう(泣)。
会場に着くと、ジャーナルファイルシステムのカンファレンスを聞く。Linuxは、Ext3からジャーナルFSらしいことを知る。カンファレンスは、IBMの人で、IBMのOS/2版をベースにしたJSFの説明だった。これも大して面白くなかった。
その後、イベントホールでIBMの偉い人のキーノートスピーチ。IBMでご招待のお客さんがどこからわいたのか次から次へとやってきて、中へ吸い込まれていく。その後に、やっと一般客の入場。
立ち見かなと思っていたら、ステージ前の床のほかに、オペラみたいに2階席があることを知る。私たちも2階に行って、ほぼステージ真横に。見えんっちゅーねん。
スピーチの内容は、私には妥当とは思えない右肩上がりのグラフと、Linuxの現状と、IBMの取り組み。IBMが、Linuxを使ったソリューションをやたら提供していたことを知る。しかし、私はDB2もWebSphereも嫌いなのよ。
はじめて会場でお昼ご飯を食べる。チキンバーガーと水で$8弱。高い!
午後は出ようと思ったカンファレンスが二つあったのだけれど、それまでにはまた退屈な時間を過ごさないといけないので、思い切って会場を出る。体調も悪かったし。
ネットカフェによってホテルに戻ると、テレビでSF映画を見る。56chは、SciFiチャンネルとか言って、1日中SFをやっているのだ。
2時半頃になって、急に寒くなる。暖房から冷たい風が出ている!とりあえず暖房を止めて、様子を見る。夜までこうだったら、部屋を変えてもらわないと死ぬかな〜とか思う。
3時頃になって、暖房が復活する。かなり安心する。5時頃になって、寝てしまう。
斉藤さんから電話があって、みんなで夕食に行く。ホテルの前の、Smith's Bar に行こうと言うことになっていたので、行ってみるとちょうど閉店するところ。7時半とは早くないかい?
とぼとぼ歩いて、結局吉野屋へ。牛丼と味噌汁と卵を注文する。久しぶりに箸を使って食事。味もそんなに日本と変わらない。違うのは、肉がやたら多くて、ご飯が少ないこと。
- 2003/1/24(金) SRA America
- 今日は、SRAアメリカ訪問。9時にホテルを出て、マクドナルドで朝食。そのあと、SRAのあるビルへ。NBAを観戦したマディソンスクエアガーデンの隣。
受付?で用件を話すと、事前に登録してあったらしくビジター用のバーコードをもらう。エレベーターホールに入るためには、カードかバーコードが必要らしい。
34Fまで上がると、SRAアメリカのオフィスがある。NYが見渡せる非常に良い眺望だ。
鹿島さんの部屋に通され、今鹿島さんがJFKについたので30分ほどで来ると言う。
おとなしく待っていると、予告時間の半分ほどで鹿島さん到着。お昼をご馳走してくれると言うので、昼まで待つことに。
その間に、鹿島さんは給料の書類にサインしたり、メールのチェックをしたり、仕事の電話をしたり、お客(私達)の相手をしたりして結構忙しそう。3週間毎に日本とNYを行き来しているので、荷物は鞄一個。昔はノートPCを持ち歩いていたのだが、最近はUSBストレージにしたと自慢していた。
お昼になったのでビルの下にあるレストランへ。5人でワイン一本と、それぞれ料理を頼む。池さんと斉藤さんはステーキ。米井さんはチキンポットパイ。鹿島さんはステーキサンド。私はスイートポテトのラビオリ。
ステーキは、12ポンドと16ポンドとか言うおそろしい代物。私のは、恐ろしく甘い代物(泣)
食後に、コーヒーとデザートを頼む。鹿島さんが甘いものが好きだと言って、アイスにバナナが乗ってキャラメルをかけたのと、ライスプディングと、ブレッドプディングを頼む。
ライスプディングはあまり私好みではない。ブレッドプディングは、先日のディナーのときのよりおいしかった。バナナもおいしかったが、3つあって3つとも全部おんなじタイプの味と甘さ。アメリカはキャラメルだけなのか〜!?
鹿島さんと別れると、お土産を求めてNYを歩く。私は、ハーシーズのチョコレートと、安物のTシャツでおしまい。他の人は、持ちきれないくらいたくさんの買い物をしていた。
さんざん歩いて疲れたので、私はみんなと別れてホテルに帰る。ネットカフェに行くと、初日に買った$1分が使い終わったので、25¢買い足す。その分も使い切る。夕方は、単価が高いのだ。
7時半頃になって、野田さんが迎えに来てジャズを聴きに行く。8St.あたりのBlue note Jazzのお店。入り口を入ると、ちょっと怖いお兄さんが、「予約は?」と聞いてくる。
$1払ってコートを預けると、店の奥へ。演奏はまだ始まっていないので、軽く食事を頼む。私はチキンサンドを頼んだら、これが全然軽くない(泣)
30分ほどして、演奏が始まる。数少ないキーボーディストと言うことだが、私の考えていたジャズとはだいぶ違った。池さんに言わせるとフュージョンで、野田さんは理解できない音楽だと言っていた。
ホテルに帰ったら11時。いよいよ明日の朝でNYともお別れだ。
- 2003/1/25(土) トラブルだらけの帰国
- 朝7時に起きて荷物をまとめる。8時に迎えのタクシーが来るはずなので、それまでにレシートをもらったりする。初日にかけた国際電話の料金が、$30だったりして驚く。さすがホテルの電話、高いわ〜(泣)
8時に来るはずのタクシーが、待てどくらせど来ない。40分ほど経ってから、やっと野田さんに電話が繋がる。タクシーは、来たんだけどいないから帰ったとか。そんな馬鹿な〜。
結局、タクシーはホテルの正面ではなく横で待っていたことが判明。寒空の下、ホテルの横で5分ほど待つと、タクシーがやってきたので乗り込む。
タクシーに乗ると、航空会社はどこだと聞いてきたので、ANA, All Nippon Airwaysだと言うが、いまいち通じなかったみたいでもう1台のタクシーの運ちゃんと確認している。
そこからの運転が荒かった。普通のイエローキャブに横入りされそうになって、ぎりぎりまで入れまいとしていたら、ミラーを反対側の車にぶつけたりしていた。
空港周辺まで来ると、航空会社毎にターミナルの案内が出ている。ANAはターミナル3だが、運ちゃんはターミナル3の出口を通り過ぎてしまう。そして、ターミナル4の出口のところに停車して、「どこのターミナルだ?」と聞いてくる。
ターミナル3だと言うと、高速を降りて戻り、再びターミナル3へ。そこで、降ろされたのだが、実はそこはデルタ航空のカウンター。歩いて道路を渡りANAのカウンターへ。
空港の入り口でいきなり手荷物チェック。今までの厳しさとは比ではない。まずは、手荷物の中にコンピューターがあるか聞かれ、コンピューターを別に分けさせられる。さらに、金属探知機にひっかかると、セーターを脱がされベルトを外され、綿密にチェックされる。
そして、ノートPCをどこかに持っていかれて追加のチェックまでされた。池さんはされなかったと言うので、私のは無線LAN内臓なせいかもしれない。
その後、$8でチョコレートを買い、所持金の残りは$200+小銭だけになる。みんなが朝食を食べるのを指をくわえてながめる。
予定よりだいぶ遅れて飛行機に入ると、そこから12時間以上の旅。びっくりするほどまずーい機内食を食べたりしながら、ゆっくり時間が流れる。
出発は1時間近く遅れたのに、何故か到着は定刻どおりで成田につく。小銭はユニセフに寄付して、残りを円に換えて、今回の旅はおしまい。
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